ナガランドってどんなところ?(閲覧注意)

近年まで、北東インドのほとんどが外国人に閉ざされた様な場所でした。

ここナガランドも含め、外国人旅行者は許可証を取得して最低4人のグループでしか行動ができないとか、インドからの独立運動が活発していて非常事態宣言になるとか、自由旅行が制限されていました。

今ではナガランド独立派とインド政府側が和解して治安も良くなり、そして何よりも許可証無しで来れるようになり、旅行者の人数制限も無くなりました。

もっと身近です。

ディマプールには空港があり、2015年にデリーからの直行便も開通しました。

旅行マップ
旅行マップ

ディマプールから車で2時間ぐらい山を上がっていくと、ナガランドの州都コヒマ⑥です。

ここを拠点に周辺の村を周ったり、トレッキングをしました。

コヒマは人口8万人弱と小さな街ですが、車が多く渋滞が凄い!

山道で道が狭い理由もあります。

標高約1,500メートルあるので、年間を通して涼しく、1月はかなりダウンが必要な程寒かったです。

さて、ナガランドと言えば部族が暮らす村を訪れる事。

ナガランド、訪れる前は秘境を想像していましたが、とんでも無い!

村の共同トイレは清潔、村には石畳がしっかり敷いてあり、ごみ箱が至る所に置いてある!

街には野良犬や野良猫がほとんどいない。

もちろん、牛もいない。

インドで唯一(!?)夜街灯が無い道でも道路を気にしないで歩けました。

糞が落ちていないインドの都市なんて珍しい!

州都コヒマの朝
州都コヒマの朝
郊外の村
郊外の村
ほら、ごみ箱が!
ほら、ごみ箱が!
村の共同トイレ
村の共同トイレ

このトイレ、右にある堀が水道が流れるようになっていて、ここから水を汲んで流します。

便器も綺麗。僕は汚いトイレは苦手でちょっとでも汚いと大の方をしにくいのですが、ここだったら安心して用を足せます(笑)。

共同の水くみ場
共同の水くみ場
村の子供たち
村の子供たち
ナガランド 観光:村の子供たち
村の子供たち

全体的にある清潔感がある感じは日本人の感性に近いと思います。

日本と言えば、ナガランドと日本は深い関係があります。

それは第二次世界大戦、連合軍による中国への補給路を攻略するために、日本軍はこの地へやってきます。

いわゆる、インパール作戦です。

大戦で最も過酷な出来事だったとされるこの地で、多くの日本兵が戦争だけではなく風土病に掛かったり、栄養失調になって亡くなられました。

当時イギリス領だったこのインドは、開始当初は日本軍も攻め込む事ができ、コヒマ周辺の村は日本軍の管理下に一時置かれました。

コヒマは激戦地に。

結果的には補給が絶えてしまった日本軍が負けてしまうのですが、数ヵ月間の間ナガランドの村に居座っていた事は地元の人に覚えられています。

日本軍と言うと他の国ではあまり良いイメージが無かったりしますが、ここナガランドではそんな事は無く、日中は戦争して夜は地元の人々に日本語や日本の歌を教えていたりしたと言います。

話に聞くと、「日本の歌を歌えるおじいちゃんやおばあちゃんが村にいるよ」と良く聞き、決して日本へ対しては悪いイメージが無い事が伺えます。

ちなみに、↓のおじいちゃんは自称90歳で幼い頃、日本軍が村を統治した事を覚えている様でした。

以前に日本のとある大学教授が訪ね、一緒に撮影した写真が日本から送られた事を少し自慢げに僕たちに話してくれました。

村のおじいちゃん
村のおじいちゃん

日本兵の多くは、この地か、ビルマへ帰還する際に命を絶えました。

ここへ来るまで僕はあまりインパール作戦の知識はありませんでしたが、ナガランドに来てから色々調べました。

1944年、昭和19年の話です。

コヒマ郊外には第二次世界大戦博物館があり、ここには日本兵が残していった飯盒釜が展示されていたり、戦争のとても詳しい説明があります。

第二次世界大戦博物館
第二次世界大戦博物館
日本兵が残していったものの展示物
日本兵が残していったものの展示物

この展示物を見て、とても複雑な気持ちになります。

どんな想いで、戦争に行ったのだろう。

遠い日本から離れ、日々このナガランドで何を思っていたのだろう。

イギリスは最新の兵器が揃っていましたが、補給を考えていなかった日本はなんとかなるだろうという事で舞台に。

すぐに弾薬も切れ、とても対等に戦えるような状況では無かったのです。

さて、戦争の話は置いておき、ナガランドと言えば僕が一番行きたかったのが、ズク・バレーという場所。

ここはトレッキングでしか訪れる事ができない、なだらかな地形の綺麗な谷。

別名「花の谷」とも呼ばれ、春や夏にはとてもカラフルになるようです。

真冬の1月だったので、薄緑っぽい色で花はほとんど咲いていませんでしたが、その代わりにとても爽やかな快晴に恵まれました。

歩道も整備され、山小屋にはごみ箱もちゃんとあり、しっかりしています。

とても観光客にはユーザーフレンドリーです。

舗装された歩道
舗装された歩道
景色
景色
こんなお化け屋敷みたいな場所も
こんなお化け屋敷みたいな場所も
ズク・バレー
ズク・バレー

ズク・バレーの地形はとても特殊で、他には見た事が無いような景色です。

夜のコヒマ
夜のコヒマ

さぁ、ここから閲覧注意のコーナーです(笑)。

ナガランド人は「動くものなら何でも食べる」と言われ、本当に何の肉でもOKだそうです。

だから、野良の動物がいないとか冗談で地元の人が言っていましたが、ホントだと思いますw。

猫、犬、蛙、白ねずみ、幼虫・・・

ローカルのマーケットへ行くとそれが良く分かります。

村を訪問したときも、結婚式の準備とかでちょうど豚を解体していました。

豚の解体
豚の解体

バーナーで皮を焼いているのは、毛を落とすためだそうです。

ここでは、皮も美味しく食べるそうです。

豚の解体
豚の解体

豚はまだOK。初めての光景でしたが、一般的な肉だし。次が一番ショックでした・・・

 

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食用犬
食用犬

犬肉は、最もナガ人が好む肉だそうです。

独特の臭みがあり、それが良いとか・・・ムリ・・・

他にあった面白いものは:

蛙の盛り合わせ(生きたやつ)
蛙の盛り合わせ(生きたやつ)
タニシ
タニシ
芋虫
芋虫

白い芋虫は見た事がありましたが、赤は初めて。

容器の中でうじうじ動いています。

これでRs. 1,500だとか。結構なお値段ですw。

赤い芋虫は独特の臭みがあって美味しいようです。

ナガ人は臭いもの好きか(笑)!

アヒル
アヒル
野菜のコーナー
野菜のコーナー

ちょっと何でも食べるという意味で野蛮らしさを感じられますが、人はとても穏やかで親切な方が多いです。

敬虔なクリスチャンが多く、どこへ行っても教会が沢山。

きっと、良い意味で西洋文化を取り入れたから、公共スペースを綺麗に使用する事ができて清潔を感じさせるのだと思います。

ちょっとグロテスクな場面をお見せしましたが、基本的には現地料理には野菜が多く使われ、肉は豚肉がメインです。

ナガランドの家庭料理
ナガランドの家庭料理

写真のご飯は赤飯、そしてインド定番のダールの他に、茹でたほうれん草、豚肉のカレー、チキンをチリと炒めたもの、等です。

この他に、はまったのが納豆。

日本だと納豆は豆だけで食べますが、ここではつけものみたいな感じで、納豆の他にチリや玉ねぎなども入っていて、お米と食べるとすごく食が進みます。

豚肉は新鮮なので臭みも無く、とても安心して食べれます。

コヒマには、北東インド最大の教会があります。

コヒマ大聖堂で、これは日本の援助によって建てられました。

実はこれはお亡くなりになった日本兵のために、この教会の祈りが英霊に届くようにという意図で造られたのです。

敷地内の庭には、桜の木が植えてあります。

コヒマ大聖堂
コヒマ大聖堂
桜の木
桜の木

最後に、ナガランドで買った食べ物。

左から、乾燥したキングチリ(世界で一番辛いチリだって!)、納豆、そしてドライ・グーズベリー。

まだ袋に入ったまま開けていません。

チリは、罰ゲーム用にとっておこうかな(笑)。

ナガランドの特産品
ナガランドの特産品

てな訳で、長くなりましたがナガランドレポートでした。

この記事かなり時間かかって書いたぞ(汗)。

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