封鎖解除:カタール航空遂に自由な航路へ

2017年の6月から続いたカタールの周辺諸国による断交。正にカタールと国境(海上を含む)を接する全ての国が封鎖し、国営カタール航空はこれらの国々の上空を飛行する事は許されませんでした。それにより、ほぼ全ての運航便は大きく迂回しざるを得なく、カタール航空は損失を被りました。

それが2021年1月、約3年半ぶりに周辺国による封鎖解除。関係改善へ。

カタール航空A330機
カタール航空A330機

<カタール封鎖の背景>

豊富な天然ガスに恵まれたカタールは世界で最も裕福な国の一つ。国民一人当たりのGDPや所得ランキングで世界1位になったり大抵トップ10内に収まっています。

ドーハの高層ビル郡
ドーハの高層ビル郡
提供:あやのさん

その収入源で、周辺国とあまり強調せず、独自の外交政策を実現してきました。例として:

・中東内のイスラム原理主義組織への支援・援助

・周辺国が警戒しているイランへの接近

・同じく、トルコへの接近で自国にトルコ軍の基地がある

そして、それに足して断交の完全な引き金になってしまった原因は世界的に有名なカタール国営の衛星ニュース放送のアルジャズィーラ。独自の視点から大胆な報道を取り上げる姿勢は周辺国の政治的な恥を堂々と世界に晒すハメになり、それが発端で隣国のアラブ首長国連邦(UAE)サウジアラビアバハレーンの3国が放送局を完全に閉鎖するまでに断交を決意。これに追従して、カタールが支援するムスリム同胞団によって国が危機に陥ったエジプトも参加。

国交正常化のためにこららの国々は条件を提出しましたが、裕福なカタールは拒否。

空気の読めないアラビア半島の小国は孤立してしまいました。

唯一、その中で手を温かく差し伸べてくれた周辺国はイラン。国土全土が砂漠で食糧を諸外国に頼るカタールはイランからの輸入で生き延びる事ができました。それにより、周辺国が警戒していたイランとの関係は更に改善。それに危機感を感じたアメリカが対イラン包囲の妨げとなる「兄弟喧嘩」を終わらせる様に関わり、クウェートの仲人の下、国交正常化を達成させました。

<カタール航空の影響>

封鎖期間は以下の様な感じで、周辺国の上空を飛行できなかったので迂回。良好な関係が続いたイランの上空に集中的に飛ぶ様になり、これによってアメリカによる経済制裁を受けているイラン政府の収入源にもなりました。

ドーハ⇄日本路線に限っては地理的にそれほど大きな影響は受けていませんが、アフリカや中東路線(ヨルダンやレバノン等)は通常よりも飛行時間が長くなっています。特にドーハ⇄ハルツーム(スーダン)路線に至っては通常3時間程の飛行時間のところ2倍の6時間も。

以下はカタール制裁前のルートと制裁後のルートを比較した地図。

カタール航空制裁時航路
カタール航空制裁時航路
提供:Al Jazeera

また、カタール航空はサウジアラビアとUAEがドル箱路線で就航先も本数も非常に豊富で重要な収入源でもあったため、これらの国から締め出しを喰らって大打撃となっています。

<今後の予想>

カタール封鎖は経済面でカタールだけが被害を受けただけでは無く、UAE(特にドバイ)の観光収入としても富裕層の多いカタール人観光客が来なくなった事で影響を受けていました。恐らくアルジャズィーラも以前の様な大胆な周辺国の王族批判をしなくなると予想します。カタール航空がUAEとサウジ路線を復活できれば、増収も見込めますし、世界中からドーハを経由してこれらの国へのアクセスもしやすくなる。

ドーハのモスク内部
ドーハのモスク内部
提供:あやのさん

<個人的な見解>

以前カタールを訪問した際、一番印象に残ったのが「真面目」で「几帳面」。同一民族である周辺国の人々はもっとジョークを飛ばしたり、オープンなイメージだが、カタールは冗談があまり通用しない雰囲気がする。

一度ドーハの空港で自分の乗っていた飛行機が駐機中、機内の窓から隣の飛行機の写真を撮影したらそれを見かけた警備員らしき地上職員が乗っていた飛行機の乗務員を呼び止めてカメラを押収する様に指示し、僕のカメラのフィルム(当時はデジカメでは無かったので)を取られた経験がある。まだ未成年だったのに。今でも、ドーハの市内でカメラを回していると警官からストップがかけられる事がある様です。その時思ったのが、カタールって頭かてー所だな、と。

その反面、初めてドーハを訪れた際はどこへ行ってもきっちり整備されていて、ちょっとヤバそうな裏路地とかが無かったり、周りの石油産油国の都市と比べても整然としていました。安心感はとてもある国でした。

もしかしたらこの真面目すぎな性格が外交の仇となってしまったのかもしれません。あくまで主観的ですが。

余談:ドーハ滞在時、案内を頂いたカタール人の王族の方から「カタールがまだ貧しかった1970年代、日本は積極に投資してくれたからここまでの発展に到る事ができた」と感謝の意を伝えてくれた時はとても嬉しかったです。

日カ友好の絵画
日カ友好の絵画
提供:あやのさん

※写真を提供頂いた元カタール在住のあやのさん、ありがとうございました!是非、あやのさんのブログも確認して見てください。現在はUAE在住。中々知ることのできない、普段の湾岸アラブ人の生活の様子が伺える貴重な写真やストーリー満載です。

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